有害元素3.水銀(Hg)

 水銀は無機、有機の形で広く利用されている。無機水銀としては各種の電極、計器、医・農薬、歯科用アマルガム、水銀灯などの製造、有機水銀としては種子の消毒薬、防黴剤、医薬品などの製造、殺菌剤などの製造に従事しているヒトは年に2回の健康診断が義務付けられている。
 水銀の代謝は、無機水銀は一般に腎臓に最も多く蓄積し、腎障害を引き起こす。次に肝臓に蓄積するが、脳にはあまり蓄積せず、中枢神経障害例はほとんどない。呼吸による吸収率は、75~80%に対し、経口による腸管吸収は5%以下と低い。全身の生物学的半減期は29~60日で、腎の生物学的半減期は、全身のそれよりも長い。一般に腎に集中する傾向があるが、低濃度投与では、水銀は胆汁および糞便中に排泄され、投与量の増加とともに尿中への排泄率が高くなる。
 有機水銀であるメチル水銀は、95%が腸管に吸収される。体内蓄積はほぼ全身に一様であるが、脳、肝臓、腎臓にやや多く、脳では低レベルでの蓄積障害がみられる。逆に、摂取されたメチル水銀の半量が体外に排泄されるのに約70日もかかり、毎日摂取し続ければ、摂取と排泄が等しくなるまで体内蓄積は増加する。

1.中毒の発症機序
 無機的水銀の毒性はタンパク質のSH基と結合し、細胞機能としての解糖系、酸化還元系、また神経伝達系などの酵素機能障害が原因とされるが、メチル水銀の作用機序は必ずしも明らかになっていない。
 ヒトが食物とともにメチル水銀を摂取すると、胃液の作用で塩化メチル水銀(CH3HgCl)となり、これから塩素の電気陰性度が高いためにCH3Hg+が生じ、これがタンパク質や酵素に含まれるSH基に強く働き、H+の代わりにS-に強く結合するため、タンパク質や酵素の機能が阻害される、と考えられている。

2.中毒症状
 無機水銀によるものと、有機水銀によるものとに大別される。両者の間には症状、病理所見、中毒の原因となっている毒物の体内分布(臓器親和性)、生体内滞在時間などに違いが見られる。
1)無機水銀中毒
○急性中毒

 口内炎、消化器症状(腹痛、嘔吐、下痢)、流ぜん(よだれをたらすこと)、腎臓の細尿管壊死が起こる。腎障害(無尿、尿毒症)でしばしば死に至る。水銀蒸気を吸入した場合、呼吸器が冒され、肺炎などを起こす。

○慢性中毒
 主として神経症状があらわれる。流ぜん、唇や歯茎の青い変色、歯の抜け落ち、頭痛、めまい、記憶障害、不眠、極度の内向性、情緒不安定(いらだち、不機嫌、怒りやすい)、神経過敏などの精神症状、振せん(手指の震え。順次、まぶた、唇、舌、頭、手足などに及ぶ)言語障害、歩行障害、運動失調などが起こる。ただし、アルキル水銀中毒のような強い運動失調や視野狭窄(メガホンで物を見るような)は起こらないとされている。

2)有機水銀(メチル水銀)中毒症状
 低レベルでの蓄積障害は、脳にのみあらわれる。脳の細胞膜が溶解し、大脳下部から細胞が破壊(軽石、空洞化)するので、回復不可能の中毒障害となる。
 症状は四肢・全身のしびれ、視力障害、難聴、自律神経・神経障害、運動失調、知覚障害、視野狭窄、言語障害が起こる。重度になると精神障害にまで及ぶ。催奇形性、遺伝的毒性があり、胎児期に大量暴露を受けると脳性麻痺、痙攣、盲目が起こる。これらの症状は、短期暴露者では、一時回復するが、長期暴露では不可逆的である。

コラム<中毒例>
○水俣病

 1953年~1960年に水俣湾沿岸の漁業家族に見られ、百数十人もの患者と、その内3分の1強の死者を出した。また、先天性水俣病22名を出した。これは無機水銀の有機化によるメチル水銀を生物濃縮して多量に含んだ魚介類を食べたために起きたものである。同様の事件が、1965年、新潟県阿賀野川沿岸でみられ、新潟水俣病(第二水俣病)と呼ばれている。

○イラクの種麦水銀中毒事件
 1971年秋から1972年にかけて、イラクで集団発生したメチル水銀中毒。6530人が病院に収容され、そのうち459人が死亡したといわれている。これは、多数の農民がメチル水銀で消毒した種小麦を自家製のパンにして食べたことが原因であり、臨床症状の細部においては水俣病像のそれと必ずしも一致しない。日本では、この中毒事件の2年後、1974年から種子の消毒に水銀剤が一切使われなくなった。
(近藤雅雄:平成27年8月11日掲載)
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