有害元素5.鉛(Pb)

 鉛の使用量は1991年で42万トンと言われているが、その大部分は蓄電池製造用に、残りは無機薬品、はんだ、鉛管、鉛板などに利用されている。わが国の産業現場では作業環境の改善と鉛予防規則による健康診断の実施が行われているが、零細な職場での慢性鉛中毒やときには漢方からの鉛中毒が散発しているので、以下のことを認識し、中毒症状が出現した場合は適切な処置をとることが必要である。
 鉛は粉じんまたはヒュームの形で存在することが多く、気道が主たる進入経路で、その40~50%が肺に取り込まれ、体内に残留すると考えられている。血流中の鉛の大部分が赤血球とともに存在し、全身の臓器や組織に運ばれる。特に、骨への蓄積の割合が大きく約90%を占めるが、大部分は不活性の形で沈着する。骨への平均滞留時間は27年と長い。
 吸入された鉛の一部には、経口摂取され消化管に入るものもあるが、消化管からの鉛の吸収は5~10%で、ほとんどは腸管を素通りして糞便とともに排泄される。その他、不感蒸泄、汗、落屑皮膚、脱落毛、爪などへも排泄される。

1.中毒の発症機序
 生体内ヘム合成・代謝系の酵素、とくに5-アミノレブリン酸脱水酵素と鉄導入酵素を強く阻害するため、ポルフィリンの代謝異常を中心とした様々な中毒症状が出現する。

2.中毒症状
 鉛中毒の主要症状は、貧血、腹部症状、神経症状の三つである。 腹部症状としては便秘、下痢、食欲不振、腹部膨満感、悪心、嘔吐、腹部の鈍痛、圧痛と多様な症状を引き起こす。特に鉛疝痛といい、小腸の痙攣性収縮に伴う発作性の激しい腹痛をおこす。神経症状としてはしびれ、筋力低下、筋萎縮などの末梢神経障害、頭痛、めまい、見当識障害、錯乱、意識障害などの中枢神経障害(鉛脳症)を起こす。その他、鉛顔貌(顔面が蒼白、貧血)、歯肉の鉛縁(歯肉への硫化鉛(PbS)の沈着)、垂れ手(下垂手)など、症状は多彩である。

コラム
○下垂手(垂れ手)

 鉛中毒の特徴的症状であり、指、手関節の伸展ができなくなり、両腕が垂れた状態となる(いわゆる幽霊の手)。垂れ足も起こる。すなわち、日本の幽霊は鉛中毒であり、肌が白いことが美人として呼ばれた時代に化粧として鉛白を利用していたことが原因であろうと思われる。現代は勿論、鉛白は使用されていない。(近藤雅雄:平成27年8月11日掲載)
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