社会の変貌と大学における科学教育 

 さて、戦前までの日本は三世代や四世代が同じ屋根または敷地内に住むという大家族社会が当たり前で、「家」という継承の体制が確立されていた。しかし、戦後の都市化および核家族化政策によって居住空間が細分化し、アパートやマンションあるいは小スペースの一戸建て住居が乱立し、少数家族あるいは単身世帯が確立し、一極集中化した結果、代々綿々と受け継がれてきた様々な伝承・文化が時代とともに薄れ、「集団」から「個人」の社会へと変化した。また、住居は植物という有機体を主とした木造建造物から無機物である鉄筋コンクリートに変わり、日本古来の生活環境が大きく変化した。さらに、食生活の面では日本型食生活から、欧米など世界中の料理、ファーストフードやいわゆる健康食品というものを自由に取捨選択できる豊かな自由型食生活へと変わり、いつでも食べたいときに好きなものが食べられる時代へと変化した。
 このように「家族」、「食」と「住」という生活の根源的な部分で大きく変貌し、一見、豊かさを増したように思われるが、逆に、日本は世界で有数の自殺率の高い国となると共に国家や組織、家族など様々な機能的合胞体に対して無関心で脆弱な国民が増加している。また、格差が増し、超少子・高齢社会という少数単位での生活環境がからだと心をさらに脆弱化している。こうした現実は、とくに次世代をになう子供たちの「対人技術の発達の遅れ」など各種脳力の低下が起こり、日本の未来において計り知れないほどの損失が生じるという危惧感を抱く。子供は成長につれて知力や体力も自然とついてくるという錯覚を捨てなければならない。
 一方で、相変わらず先端産業技術開発の進展は著しく、専門とする分子生物学方面を見ても、2003年に既にヒトの全遺伝子情報が解読され、それ以降、ヒトゲノムの塩基配列において、どの多型や変異が病気の発症や体質を決定するかを解明する「ゲノム機能学」や「テーラーメイド医療」、生命をシステムと捉え、それをコンピュータで解析、シミュレーションするという「システムプログラム生物学」、さらにES細胞、iPS細胞の多機能性維持の分子機序の解明や分化誘導の細胞内シグナル伝達系の解析による「再生医学」研究が地球規模で取組まれている。しかし、これら研究技術は悪用すれば瞬時に生命圏、地球の破壊に繋がる。
 大学は教育における最終的な人格形成機関である。教養を基礎に専門性を育てる機関である。しかし、全入時代となった今日、大学の質と量に対するさまざまな改革、グローバル化が行われているが、教養の空洞化が年々大きく拡大し始めているように感じてならない。人間社会と科学技術の発展との間に大きなジェットラグが生じているのが現状である。
 大学で働く教育・研究者は、中途半端な人材育成だけは避けていただきたい。技術はあくまでもツールであって、ことの本質を見誤ることなく、善用することが大切であり、そのためには自然科学と人文科学の融合が必須であり、基本的教養の再構築、温故知新(文化の保存、伝達、創造)、知的コミュニティの強化、文化の多様性の確保が大切である。基本的教養を身につけることは、生きる術として大切な善悪の判断、感謝し奉仕するといった素直な心、さらに、前向きに生活技術の工夫を行う知恵と将来を夢見る心を持つことであり、「自由」な心で「正当性」、「責任」を持って、「平和 (社会)」に貢献できる体力と心を持つ大学生の育成を心がけてほしい。
(近藤雅雄:平成27年8月1日掲載)
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