栄養学と医師

 栄養学の基本を学ぶことによって生命、生体の恒常性(ホメオスタシス)、生体リズムおよび動的平衡の重要性を理解できるようになります。そして、栄養の過不足状態における体内代謝への影響や遺伝学の観点から生活習慣病と栄養現象との相互作用などを正しく理解することによって、保健・医療・福祉・文化(食文化)・環境(食環境)との相互関連性を理解し、人間力を身に付けるようになります。
 栄養は生命維持に不可欠な現象であることから、栄養学はその基本である栄養の意義、健康の保持・増進、疾病の予防・治療における栄養の役割、エネルギーと栄養素の代謝とその生理的意義など、ヒトの生涯にわたって健全な健康学の在り方を追究します。そのためには生命維持に必須な各種栄養素の生理学的作用、栄養素の体内相互変換やその機能、栄養と健康および疾患との関わり、栄養と食生活の関係、体構成成分としてのエネルギー源の役割、摂食行動から消化・吸収、栄養素の体内運搬など、これら栄養学の基本的概念を疫学統計、理学、医学、社会科学などを駆使して、年齢別、性別、個別・集団別、運動と生活活動別、各種疾病と栄養との関連を追究し、人間のQOL向上と健康寿命の延伸を図るべく、総合的・学際的に教育・研究を行うことを使命としています。
 このような教育・研究を学修してきた管理栄養士が健康、医療などヒトの生命に関わる仕事に携わる場合には、栄養学に対する正しい幅広い知識と技術を駆使して病院、学校、企業、その他社会的な様々な場面で人々の健康の保持・増進、疾病の予防や治療・予後などの指導・管理にあたってほしいと願います。

 しかしながら、近年、少数ですが栄養学を学修していない医師が栄養・食事に関して自ら様々なメディアを介して、あるいは医師が書いた書物が氾濫し、自説を説く人が多くなりました。それらの中には①栄養学の基本を覆すものが多くみられる。②栄養学的な根拠のない個人的な感想が多く、危険なものもたくさん見られる。また、③統計学的に有意差があるからと言って、あたかも全人的に科学的根拠があるように指導する。さらに、④動物実験の結果をそのまま人に当てはめようとする。医師は栄養学については素人同然です。その医師が自分の体験・感情から広く一般向けに栄養学的な根拠なしにマスメディアに向かって自説を公表することは無責任と言えます。その場合は医師という肩書を外して公表すべきです。医師の使命は病気の治療です。
 一般人からすれば、医師ということで、その言動を丸呑みにし、それを行動に移そうとします。とくに医師の言葉は重たく、責任がありますので、話題性を狙った軽はずみな言動や著作は控えるべきです。医者は医師としての自覚を十分に持ち、その責任を全うしてほしいものです。

 現在、病院におけるチーム医療が求められていますが、医師主体の我が国にあっては、医師が医療のリーダーとなり、すべて医師の指導の下に進められているのが現状です。また患者にとっても、医師は「お医者様」と言われるように尊敬され、絶対的な立場にあります。しかしながら、本来のチーム医療の考えからすれば、チーム医療に携わるスタッフ全員(医師、看護師、薬剤師、管理栄養士など)が十分に意思の疎通を図り、共通理解のもとに治療を進めることが大切と思います。一方、管理栄養士などの栄養の専門家は十分に誇りを持って、当該専門領域のさらなる向上のための勉学に日々努めてほしいと思います。
 今後は、医療に携わる医師以外の看護師、管理栄養士などの国家資格者の待遇と責任をさらに強化し、少なくとも医師と同等の発言力を高め、本来の姿であるチーム医療の進展を目指してほしいと思います。また、国民の保健・健康、医療、福祉にかかわる行政において、医師が万能であるといった時代はもう終わりにしたいものです。(近藤雅雄:平成27年9月20日掲載)
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