日本の食文化の変遷と食育~日本型食生活による健康寿命の延伸

はじめに
 連綿と引き継がれてきた日本の伝統的な食文化が戦後の約70年間で劇的に欧米化、依存化されるようになった。この結果は中高年齢者の免疫能の低下、がん、生活習慣病の発症および次世代をになう子どもたちの学習・記憶・体力の低下、対人技術の発達障害や摂食障害などといった心身への影響だけでなく、食糧自給率の低下、食品に関する偽装問題、薬物混入などといった食の安全・安心の問題まで発展し、国民として、日本国家として新たな様々な問題が出現してきているのが現状である。
 ここでは、科学的根拠を基に日本人としての食生活および食育のあり方について考える。

1.食文化の変遷と食育の必要性
 現在の日本の食生活は、経済成長と共にこれまでの日本型から欧米など世界中の料理、ファーストフードやいわゆる健康食品というものを自由に取捨選択し、食べたいときに好きなものが食べられる豊かな自由型(洋風型)へと変わった。その反面、核家族化の定着と共に食糧自給率の低下、「こ食」(孤食、小食、固食、粉食、個食、濃食、戸食など)が習慣化し、さまざまな問題を生じさせている。これは、とくに次代をになう子どもたちの学習・記憶・体力の低下、免疫能の低下、対人技術の発達障害などと言った心身の問題を含み、また、将来、これまでに日本文化を通して獲得されてきた日本人体質に変化が生じ、生活習慣病や摂食障害などを誘発し、さらに、これが遺伝的体質として次世代へも引継がれかねない。
 現代人は、好きなものを好きなときに、あるいは今あるものを寄せて食べ、食あるいは栄養に関する科学的な知識は殆ど持ち合わせていないのが現状である。そこで、これら諸問題の改善の方向性を探ると、最も根本的で緊急を要する課題が乳幼児期からの「食」のあり方である。食を通してからだと心の成長・健康が図られ、貧しい食事であっても団欒のある楽しい食生活や四季の旬のおいしい物を食べた時の自然と笑みがこぼれる幸福感・心のゆとりが得られ、そこからさまざまな知恵が伝承される。すなわち、「食育」は「職育」であり、各々のlife stageにおいて知力、体力、抵抗力、作業能率、正しい判断力、感性を育むための生涯に亘っての重要な営みであり、「いまこそ食育」が必要である。
 一方、政府は国民が生涯にわたって健全な心身を培い、豊かな人間性を育む事ができるよう、食育を総合的かつ計画的に推進することを目的として、平成17年7月15日に食育基本法を施行し、国民運動として、家庭における食育、学校における食育、地域における食生活の改善のための取組および食育推進運動を展開している。

2.日本型食生活の解析と健康寿命の延伸
 日本人の免疫能はこの数十年間で低下してきている。免疫の中心である胸腺は酸化ストレスや加齢によって萎縮し、免疫能が低下する。これが、近年の生活習慣病、がんや自己免疫性疾患、感染症などといった様々な疾病を発症する原因の一つとして広く指摘されている。その主たるものの原因が前述した戦後の食生活の劇的な変化が挙げられる。すなわち、私たちの住む地球には時間的リズムがあるように、生体にも同じ時間的な体内リズムがある。一日のリズム(概日リズム)には睡眠のリズム、自律神経のリズム、免疫のリズム、内分泌のリズム、摂食(食生活)のリズムなどがあり、日本人が長い歴史を通して獲得してきたさまざまな体内リズムの中心となっているのが「食」であり、生体の機能維持にとって最も重要な働きとなっている。近年、この「食」を中心とした生活習慣(リズム)の変化が生体のリズムを変化させ、肥満をはじめとした各種生活習慣病が起こることが分かってきた。したがって、これらの疾病は「食源病」といっても過言ではない。
 そこで、われわれは、国民栄養調査結果から日本人食生活の実態を解析した結果、免疫能に重要な影響を及ぼすタンパクの摂取量は男・女共に、成人後大きな変化が認められなかったが、タンパク質をどの様な食品から摂取しているかを年齢別にみると、40歳代以降から肉類と魚類の摂取量が逆転するという特徴的な食事摂取パターンを見出した。また、このパターンの変化が起こることで、高齢者のタンパク質摂取が保持できていることがアメリカ人の食生活パターンと比べることによって明らかになった。これは日本人がアメリカ人よりも高い平均寿命を有していることの一つの原因と思われる。
 しかし、免疫能および抗酸化能に影響を及ぼす微量元素量は加齢に伴って血中濃度が減少する傾向を見出し、これら元素の変動が不定愁訴などの各種自覚症状や血圧などの循環機能と関係していることがわかった。したがって、高齢者では抗酸化・免疫能を高める微量元素やビタミン、フラボノイドなどを多く含む豆類、野菜、果物、魚介類などを積極的に摂取することによって、ますます健康寿命の延伸が可能であると思われる。
 一方、現代の子どもが将来高齢者となった場合に、現在の高齢者と同じような食事の摂取パターンを取るかについては疑問である。すなわち、味覚や嗜好は乳幼児期に形成されるためである。そこで、とくに、安全な食物を選別できる能力、食物の大切さを知る能力等を小児期に育てることが重要である。

3.免疫能を高める食材の選別
 酸化ストレスからの防御を目的として、食品中に含まれるミネラルやビタミン、フラボノイド等の抗酸化成分を胸腺(免疫)細胞に投与し、活性酸素の消去能について検討したところ、細胞の内外での抗酸化能力が異なっていることを見出した。このことは、抗酸化成分の効果的な摂取法として、細胞内外にて作用を発揮する成分を摂取することの方が、細胞を酸化ストレスから防御するにはより有効であることを示す。事実、細胞内外にて抗酸化能を発揮するフラボノイド(ルテオリン)を多く含む野菜(ピーマン)を高齢者に摂取させると、摂取前と比較して抗酸化能及び免疫能は有意に上昇することが分かった。
 以上の結果から、日本人の高齢者はタンパク質においては十分に摂取できていることから、これらの食生活に加えて、銅、亜鉛、セレン等の抗酸化酵素関連微量元素や細胞の内外にて抗酸化能力を発現しうる抗酸化成分を多く含む食品群(主に豆類、野菜、果物、魚介類)を十分に摂取することによって抗酸化能力を高め、免疫能を保持し、QOLを高める。このことは若年者においてもまったく同じことが言え、免疫能の健全化のためにも「健全な日本型食生活」が重要であることを示唆している。

おわりに
 この60年間で日本社会のあり様が著しく変貌し、今後もさらに急速に変化していくものと思われる。このような時世において、健康な生命を維持する上で最も重要なものが「食のあり方」である、正しい「食生活」を維持・継続することによって生体のリズムが構築され、知識や技術の向上が図られる。さらに、健全なからだや精神(感謝)という個人レベルの健康だけでなく、健全な社会が構築され、延いては国家が元気となる。また、「食」に対する知識を得ることによってからだと心を大切にし、生きる術として大切な善悪の判断、感謝し奉仕するといった素直な心を持つ。さらに、前向きに生活の工夫を行う知恵などを持ち、将来を夢見る心を持つようになる。そしてこれらの習得が「自由」な心で「正当性」、「責任」を持って、「平和 (社会)」に貢献できる体力と心を持つようになる。これが、次の世代に引継がれる。
 「食」は国家の基盤、文化や教育の根幹である。これらの根本である「食育基本法」が誕生してからすでに10年を経たが、未だに家庭、地域、学校、行政、企業、等々の連携による社会全体での活力ある国民総運動が期待されている。
(近藤雅雄、日本の食文化と食育~日本型食生活と健康寿命の延伸、平成27年7月21日掲載)
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